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 子供の頃から日本映画が好きで、高倉健の『君よ憤怒の河を渉れ』を見て「いつか健さんのいる国で映画の勉強をしたい」と思い、20数年前に来日しました。自身高倉健並びに日本映画ブーム時代の経験者、証言者と言えますが、高倉健は日中映画交流史において欠くことのできない存在と言って良いと思います。彼が体現した日本人像は当時の中国人の憧れでした。それまでの日本人のイメージは旧日本軍の軍人に代表されるネガティブなものでしたが、高倉健の登場によりポジティブに変わったと言え、高倉健は日中映画交流史の大きなターニングポイントと言えるでしょう。そのため今回の講演も「高倉健以前とそれ以後」でお話しします。
 高倉健以前の時代とは戦時中と冷戦時代ですが、戦時中に満州と上海は日本映画上映の最大のシャアを占めていました。とはいえ満州では料金や言語の問題から中国人に日本映画はそれほど見られておらず、日本映画のスターは浸透していなかったようです。満州映画会社(満映)の映画も日満親善を演出し、中国人を喜ばせる映画作りを意図して中国人俳優も多く採用しましたが、プロパガンダ性が強く中国人には不評でした。満映看板スターの李香蘭は例外で、満州のみならず日本軍の侵略とともにその名が広く各地に伝えられたと言われるほど人気を博しました。しかし李香蘭は日本人に従順な中国人女性という役柄を演じていたため、マイナス評価もあり、その代表が『支那の夜』です。そのためか劇団四季のミュージカル『李香蘭』では中国での上演を考慮してか、本来『支那の夜』を歌う場面を『夜来香』に変えていると思われます。李香蘭が中国で人気を博した理由にはその歌唱力が挙げられますが、それはイデオロギーの押しつけでは得られない李香蘭の魅力と言えるでしょう。
 上海では1941年太平洋戦争勃発とともに日本映画が公開され、一部限定的ではありますが、中国人に日本の映画スターが知られることとなり、女優は轟夕起子、男優は坂東妻三郎に人気がありました。
 1945年終戦を迎えると日本映画は中国のスクリーンからは一掃されました。1954年から山田五十鈴、高峰秀子、乙羽信子、高峰三枝子などの作品が中国全土で一般公開され、彼女たちの演技が中国の観衆及び映画人から高い評価を受けました。また1950年代後半から60年代半ばまで日中文化交流協会の派遣で日本人映画俳優が頻繁に中国を訪問し、両国の映画人同士が交流を深めましたが、こうした映画人たちは戦時中何らかの形で対中政策に関わっており、戦時中の経験が戦後の日中映画交流に積極的に携わった原点ではないかと思われます。高峰三枝子を例にとってみると、戦時中日本軍主催の催しに参加したことなどへの反省により、日中文化交流協会の催しに積極的に参加、また日中国交回復実現直後の記念イベントに参加、さらには日中合作映画への出演を要望するなどしています。とはいえ、この時代における交流は、公式に企画された政治的な枠組みの中でのものが中心であり、中国に持っていった映画もほとんどが反戦や左翼的映画人による作品で、そのため当時注目された日本人女優はきらびやかな銀幕スターというよりも反戦や、平等な社会に共鳴する仲間・同志という存在として映りました。
 文化大革命終結後、日本映画は空前絶後の大ブームとなります。それには徳間康快氏の功績が特筆されます。徳間康快氏は1978年から91年まで採算を度外視して、76本の日本映画を中国に紹介しました。当時中国全土で公開されたため、おおきな影響力を持つこととなり、高倉健、栗原小巻、中野良子、山口百恵などの日本人スターが注目され、特に高倉健がカリスマ的存在となりました。日本では彼のヤクザ映画が彼の人気の原点で、そのため男性ファンが多いのですが、中国においてヤクザ映画は一本も上映されず、もっぱら人情味あふれる映画が上映されていたため、男女問わず人気があり、特に彼の男性的振る舞いから「本当の男らしさとはなにか」というテーマがメディアで話題となり、多くの中国人女性の理想の結婚相手とされました。中国において最もポピュラーな高倉健映画といえば『君よ憤怒の河を渉れ』で、この映画はヒットしたのみならず、この映画を意識していろいろな中国作品も作られており、2018年2月にはジョン・ウー監督によるリメイク版『マンハント』が公開されます。
 女優では、『君よ憤怒の河を渉れ』に出演した中野良子、『愛と死』などに出演の栗原小巻は人気が高く、栗原小巻は髪型やバックなども人気を博しました。『戦争と人間』における栗原小巻は中国の映画人からも高い評価を受けました。同時に『愛と死』は、文革中にタブー視された男女の愛の描き方のお手本的映画として、多くの中国映画に影響を与え、真似され、カメラワークやBGMなどは第四世代の監督たちに強い影響を残しました。この時代は外国映画の上映には大きな制約があったため、一般の中国の観衆は映画祭や一般公開という公式ルートでのみ日本映画を目にすることができました。
 2000年以降はインターネットなどの普及に伴い、日本の作品を動画サイトで簡単に目にすることが可能となりました。映画のフィールド自体も広がり、蒼井空のようなセクシー女優なども中国で流通しています。しかし、現在の日本人俳優は中国人スター、韓国人スターなど数ある選択肢のひとつに過ぎず、かつての高倉健のような圧倒的な影響力はもはや持ち得ません。高倉健、中野良子などの時代の日本人スターは当時の中国人の美観から外れた存在として、中国人に衝撃を持って迎えられたのに対し、現在グローバル化した社会では、中国の俳優と日本の俳優は同質化しており、日本の俳優に珍しさを感じなくなっています。が、その中で日本の男優は比較的頑張っており、小栗旬、斎藤工などは安定した人気を博しています。女優陣は中国の女優に打ち勝つのが難しい現状です。

劉文兵
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