文化祭声楽コンサート

2026年の念頭にあたり
日中学院校友会会長 加納陸人
あけましておめでとうございます。
2026年が皆様にとってよき年でありますように心からお祈りいたします。
21世紀は「解のない社会」といわれ、四半世紀が経とうとしています。環境も技術も予想もつかない急速な速度で変化し、想定外のことが起きています。また、ロシアのウクライナ侵略、悲惨なガザ攻撃など「弱肉強食」の世界が広がり、かつての帝国主義時代を想起させる状況に「平和」ということばがますます遠のいてきました。日中関係も国のトップの発言から冷えきった状況が続き、今後の交流に不安を感じさせます。
校友会は1986年3月に設立され、今年で40周年を迎えます。これまで会員相互の交流を深め、日中友好のかけ橋として、中国語及び文化等の研究・普及活動の発展に寄与することを目的として活動してきました。主な活動は留学生への支援として、日本語科学生とのバスハイク、中国旅行、講演会、文化祭への参加(ピースリーディング他)などの交流活動、倉石中国語講習会時代から学院に所蔵されている貴重な写真のデジタル化などの活動を行なってまいりました。これらの活動ができたのも校友の方々のご協力と支えがあったからです。改めてこの場をお借りし感謝いたします。
しかし、近年、時代を取り巻く環境の変化や日中関係の悪化、さらにコロナ禍の影響もあり、必ずしも充実した活動ができたわけではありません。また、この40年、会員の高齢化や会員数の減少が目立ち、財政面においても行く末が案じられます。
このような状況下で40周年を迎えるわけですが、次世代に繋げるべく二つの出版を計画しました。一つは校友会の40年間の活動とその軌跡を記録に残すために、記念誌を6月に出版する予定です。もう一つは学院で中国語を学んだことがその後のキャリア形成にどのような影響を与え、人生を紡いでいったのかを語る「場」として、『中国語が人生を編む―日中学院で中国語を学んで―』(仮題)の出版も進めています。
そして、現在、校友会活動の充実をはかるために、寄付金を募っております。皆様の温かいご支援を賜りますようお願いいたします。また、さまざまな情報を校友会ホームページやLINEで発信していきますので、ぜひご覧になってください。
末筆になりましたが、今年は日中学院創設75周年、日本語科創設40周年にあたります。その節目に際し心からお祝いと今後の発展をお祈りいたします。
2026年元旦
初めての文化祭
中国語本科1年 青木 希
4月に本科に入学し、早半年が過ぎました。充実した毎日の中、学生生活で特に楽しみにしていた文化祭が10月18日に行われました。文化祭の準備は夏休み明けから始まり本番まで約1か月半、その期間で各クラスが模擬店と劇などの演目を仕上げます。今年は人数が少ないので本科は1.2年合同での企画となり、演目は桃太郎、模擬店は焼き餅をすることになりました。私は文化祭委員になりましたが、日中学院の文化祭を見たことがなかったため委員としての役割に少し不安がありました。しかし、困ったときは経験者である先輩方や先生にその都度アドバイスをいただき解決することができました。私達本科は中国語劇を披露するので、台本制作やセリフ、演技の練習を放課後などにみんなで進めてきました。背景や衣装・道具の作成も得意な同学を中心に皆で協力し完成させました。特に桃太郎のセリフは多かったので主役の同学は暗記が大変だったと思います。しかしそれぞれの台詞をしっかり暗記し本番の完成度は高く、観客の皆さんにも受けが良く大成功でした。
また、委員は留学生と合同で毎週2回の会議があり、各クラスの進捗状況の報告や模擬店レイアウトの調整、プログラムなどを話し合いました。当日までのスケジュールや重要なところは委員の先生方のサポートがありますが、どのような文化祭にするかは私たち学生の考えが尊重されます。特に開会式・閉会式の内容、各クラスの劇の紹介文などは難しく、日本語と中国語両方で作成する必要があったため、委員同士でお互いの翻訳が適切であるか確認作業が必要でした。どのような言葉を用いて表現すればより観客に伝わるかを中国語と日本語、ジェスチャーを交えて何度も話し合いました。委員になってから、普段話をしたことのなかった留学生とも交流できたことはとても嬉しかったです。
今回、文化祭を通して日本人の学生と中国人の学生が共に考え協力できた過程は、言語の学びに勝る貴重な体験でした。今後もお互いの文化・考えを尊重しながら積極的に交流していきたいと思います。



文化祭の感想
日本語科1-1 朱 泓燕
先週の土曜日は学校で文化祭があった。私は文化祭に参加するのは初めてだった。とても楽しくて忘れられない1日だった。文化祭では日本語劇をしなければならなかった。それに食べ物を売る模擬店もあった。どちらも面白かった。
私たちのクラスの劇は「西遊記」の「三度目の芭蕉扇」だった。私は恥ずかしいので、小さな役をした。赤い布を動かして火を表現しただけだが、とても楽しかった。他のクラスの劇もとてもよかった。特に「甄嬛伝」はすばらしかった。服や道具もすばらしくて、俳優たちもすごかった。みんなの日本語がとても上手で、私も上手に日本語を話せるようになりたいと思った。中国語劇の「桃太郎」もとてもよかった。日本で有名な昔話をよく理解できた。
模擬店では私たちは麻辣湯を売った。クラスは買い物班、料理班、販売班の3つのグループにわかれた。私は販売班だった。土曜日私は早く学校に行って、みなさんと一緒に準備をした。麻辣湯はとても人気があった。みんな「おいしい」と言ってくれて、とても嬉しかった。私は他の店の食べ物を食べてみて、酸梅湯が一番おいしいと思った。
外国で勉強している私たちにとって、文化祭は特別な思い出だった。みんなで頑張って準備して、最後に成功したのは、私たちの青春の大切な思い出になった。



文化祭の感想
日本語科2-A 林 澤琦
文化祭からもう一週間だ。しかし、その時の情景はまだ私の目の前にあるようだ。
正直に言うと、文化祭のリハーサル前に「美女と野獣」の話について、私は全く知らなかった。でも今回の文化祭のおかげで、今この物語はすでに私の頭の中に深くきざまれた。一番完璧な一回ではないが、私にとっては一番刺激的で、一番楽しい一回だ。舞台での未知感はリハーサルでは体験できない。舞台上のミス、その時の私たちとしてはとても気まずい気持ちだが、この後の私たちにとって、あれは文化祭の中に、そして日中学院の学校生活の中に、忘れられない一番大事な思い出だ。
今回の文化祭を通じて、人が他国でもお互いに助け合うという道理を学んだ。理解できなくても、団結の力に感動し、無意識に楽しんでいる。これは文化祭が学生にとって最大の教えかもしれない。



A先生の新語コーナー
“内卷式”竞争 nèijuǎn shì jìngzhēng

内向きの過当競争。自動車などの業界内部で原価割れを含む激しい値引き競争が繰り広げられ、企業は消耗戦を強いられており、中国当局は経済成長の鈍化を招くとして規制強化に乗り出した。「内巻」の英語表記はinvolution。もともとは社会学用語で、「社会の停滞」を示す概念だが、現在では無意味で不毛な内部競争に巻き込まれることを指す。例えば、従業員の長時間労働の常態化や小中学生の行き過ぎた塾通いなども「内巻」現象だと言える。 (A)
日本語科40年
写给母校的贺信
日本语科第二届毕业生 张献
日中学院日语科迎来了40岁生日。我作为二期生,回想起当年的留学经历,感慨良多。虽然学期只有短暂的两年,毕业后我陆续在早稻田大学、哈佛大学以及北京大学学习,然而留给我印象最深的、迄今仍然与母校保持联系的,只有日中学院。
作为早期留学生,我们学到的首先是政治与文化。当教室外驶过反对日中友好的广播车时,老师坚定地挥挥手:不要理睬他们!垮玉县加须市合宿的几天里,我不仅与接待家庭建立了友情,而且学会了做酱油的技能;在市民联欢会上,我的小提琴与市民的乐队合奏,曲目就是“海滨之歌”、“大海啊,故乡”。
富士山顶拍下了同学们的合影,九十九里海滨留下了朋友们的足迹,神田书店街是周末整天的去处,去新大谷饭店打工的路上抬头赏樱。在日本欣赏美丽风光的同时,文明与秩序也提高了我们的素质。
自费留学生特别体会到劳动的高尚,虽然也曾羡慕公费生能够住宿学生寮,但我们自己合法打工,自食其力的生活更加充满幸福的价值观。尤其是工友中有名牌大学学生、有芭蕾舞男演员,使我们理解了今天中国产生同样现象的原因。
语言的学习除了课堂之外,更需要实践的机会。除了看影视,还要尽可能多地与人交流。Laox免税店的销售工作使我的语言与办事能力都得到了锻炼与强化。
日中学院毕业后,1989年我考入早稻田大学法学研宄科,之后跟随早稻田大学交响乐团世界巡演,进一步开阔了眼界。之后获得了入住“丸红志木寮”的机会,然而我还是怀念在东中野住过的三叠榻榻米。在那里我与几百册书籍生活在一起,直到将这些专业书籍运回中国。
1992年我结束了在五年日本的留学岁月,1995年从美国回到中国,至今己经30年过去了,我再没有踏出国门。因为我的事业在中国,年纪大了反而更加忙碌。从日本留学获得的人生经历中没有“退休”这个阶段。我出版了提琴专业辞典,被世界各国图书馆包括日本国会图书馆收藏。
虽然没有再次回到日本,但我在中国始终与母校保持联系,前几年日中学院每年都组织学生到中国人民大学暑期短期留学,我都和大家聚会,欣赏中国京剧,品尝北京美食,畅谈留学咸相
当年出国留学是相当不容易的事情,近年来也看到日中学院在中国举办的留学说明会,出国留学己经不是很多年轻学子梦寐以求的前途了,可是我多么希望他们能够继续为中日友好起到桥梁作用啊!要知道我们这些第一批留学生己经有人因为各种原因英年早逝,包括我熟悉的母校老师,他们的音容笑貌经常浮现在我的眼前,我们永远不会忘记他们。
在这里我衷心祝愿母校日中学院事业顺利,在2016年日语科开办三十周年之际,我写过祝贺文章。此次四十周年大庆,我号召新老校友们,踊跃向日中学院和日语科捐赠,积极支持母校的教育事业。祝福愿我们的老师们校友们身体健康,家庭幸福!我们后会有期!
図書室だより
図書室の書棚から
今月の「図書室だより」では、図書室の書棚から選りすぐりの本をご紹介いたします。気になる一冊がありましたらぜひ図書室へお立ち寄りください。
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。
さて、中国のお正月といえば旧正月(春節)です。今月は、その季節にぴったりの一冊をご紹介いたします。
◎《北京的春節》老舎 文・于大武 画 連環画出版社

文豪・老舎が1951年に発表した散文《北京的春節》の絵本版です。北京の旧正月は、12月に腊八粥を食べるところから始まり、この日を境に大みそかに向けて年越しを迎える準備に大忙しとなります。
挿絵画家・于大武の絵は、そんな当時の北京の情景を生き生きと、そして詩情豊かに活写しています。本書は中国語のみですが、ページをめくるだけでも当時の北京の旧正月の熱気や華やいだ雰囲気を存分に味わうことができます。
【今月の寄贈書から】
◎『幻の中国料理 魯菜 秘伝46レシピ』
魯菜プロジェクト 企画&編集 オレンジ出版
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中国4大料理(山東・上海・広東・四川)の1つである山東料理(魯菜)。本書は、中国で生まれ戦時下に済南の名店にて修行を積み、のちに日本へ帰国された佐藤孟江さんが遺した幻の魯菜レシピを、7人の中華料理人が再現し秘伝料理としてまとめた貴重な一冊です。
佐藤さんは帰国後、ご夫婦で東京・赤坂に山東家庭料理店『済南』(のちに『済南賓館』と改名)を開店。砂糖、ラードや化学調味料を用いない淡泊でありながら滋味深い料理は多くの人を魅了し、著名人、芸能人も通う名店として知られるようになりました。1990年にはご夫婦そろって中国から「魯菜特級厨师」「正宗鲁菜传人」(正統な魯菜を受け継ぐ料理人)の認定を受けています。
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なお、佐藤さんの生い立ちや『済南賓館』でのエピソードについては自叙伝『済南賓館物語』(春秋社)に詳しく綴られております。こちらも図書室に配架していますので併せてお楽しみください。
本書は発案・編集者のお一人であり、元別科生の花井美加様より寄贈を頂きました。またレシピを再現に携わった料理人のお一人、山口祐介さんも本学院本科の卒業生です。卒業生の活躍が詰まった一冊を、誠にありがとうございました。
【寄贈】
今回誌面の都合で詳細にご紹介できませんでしたが、下記の方々より図書室に寄贈を賜りました。ここに深く御礼申し上げます。
中村大地様(著者)より 《天边的北极星》
温又柔様(著者)より 『煌めくポリフォニー わたしの母語たち』
図書室は現在週3日開室しています。
開室日は図書室掲示板に掲示しております開室スケジュール表をご覧ください。開室スケジュール表は日中学院公式LINEでもお知らせしています。(お友達追加をお願いします)
学院報紙面発行終了のお知らせ
学院報はこの2026年冬号をもって、紙面発行を終了させて頂くことになりました。長年のご愛読ありがとうございました。2026年度春以降はホームページでの掲載となります。
