
学院長 吉田隆司
日中学院は、1951年倉石中国語講習会の創設に始まり、日中間に国交の ない時代にも中国からの代表団を迎える等、中国との交流活動をつづけてきました。1986年には日本語科を設置し、中国からの留学生を対象とした日本語教育もはじめました。これにより、学院内は日本人と中国人のにぎやかな交流の場となっています。また、「日中学院倉石賞」を設け、中国語教育や日本と中国の友好交流に尽くされた個人、団体の表彰を通し、中国語の普及活動に力を入れています。今日では日本政府と中国政府の共同事業である財団法人日中友好会館付設の専修学校となっています。
創立以来、スローガン『学好中国話,為日中友好起橋梁作用!』(中国語を学んで日中友好の架け橋となろう!)のもと、多くの教職員、学生,校友の努力に支えられ、発展してきました。このスローガンには、多くの悲惨な犠牲を造り出した日中戦争の過ちを再び繰り返すまい、そうした願いがこめられています。
敗戦から60年、2004年には中国が日本の最大の貿易相手国になりました。しかし、戦争が残した影響は現在も時々顔を覗かせます。また、隣国であるということから発生する様々な摩擦も増えています。このような時代、日中学院はこれまで以上に過去の歴史と現実を直視し、誠実に「日中の橋渡し」をする役目を担いたいと考えています。幸い日中学院には質が高く、熱心な講師が揃っています。本学に入学され共にこの役目を引き受けられることを期待します。
- 1937.07 蘆溝橋事件
- 1937.12 南京大虐殺
- 1937.12 「満州国」皇帝溥儀の訪日記念事業として「(財)満州国留日学生会館」(現在の日中友好会館)が落成
- 1945.08 日本敗戦
- 1949.10 中華人民共和国成立
- 1950.04 日本の中国侵略を反省し、日中不再戦の誓いのもとに「日中友好協会」を設立。
その事業の一つとして、「中国語講習会」(会長、倉石武四郎)を設立
- 1951.04 「倉石中国語講習会」創設。神田三崎町・東方学会ビルにて
- 1956.09 「倉石中国語講習会」に、倉石会長・講師・学生による三者協議会(運営委員会の前身)発足
- 1961.07 講習会、東方ビルより「善隣学生会館」=現日中友好会館に全面移転
- 1962.10 倉石中国語講習会に運営委員会発足
- 1963.09 倉石武四郎著、「岩波中国語辞典」出版
- 1964.08 日中学院に東京都から「各種学校」の認可
- 1967.03 善隣学生会館において、日中両国青年による流血の惨事おこる。
日中学院・講習会は会館内の教室を失い、各地で分散授業に入る。倉石中国語講習会は解散し、日中学院と合体
- 1968.08 日中学院、神田神保町の内山書店ビルに移転
- 1971.10 中国、「国連」に復帰
- 1972.09 日中共同声明調印。日中国交正常化
- 1978.08 日中平和友好条約締結
- 1979.08 中国日語教師訪日代表団(第1次)を招請
- 1979.09 日中学院長期留学生(第1次)を中国に派遣
- 1980.04 日中学院、内山書店ビルより善隣学生会館に全面復帰
- 1980.05 日中学院中国語教師訪中代表団(第1次)北京師範大学において研修
- 1980.10 日中学院学生短期研修団(第1次)北京師範大学において研修
- 1981.04 日中学院に東京都より「専修学校専門課程」の認可
- 1985.04 日中学院、日中友好会館新校舎に入館
- 1985.10 「藤堂明保先生記念基金」設立
- 1986.08 「日中学院創立35周年」を記念して、「日中学院・友好の船」を組織し、中国侵略の跡を訪問。
中国教育部より、3,000冊の中国図書の寄贈を受ける
- 1989.11 「藤堂明保先生記念基金」を設け、第1回「倉石賞」の授賞式を行う
- 1991.04 日中学院創立40周年大同窓会挙行
- 1996.11 日中学院創立40周年大同窓会挙行
- 2001.04 日中学院創立50周年
- 2001.08 日中学院創立50周年記念旅行
- 2001.11 日中学院創立50周年大同窓会挙行
- 2006.04 日中学院創立55周年
- 2006.10 日中学院創立55周年大同窓会挙行
※創立以来、学院を訪れた中国からの代表団は、70団体約250人を超えている。
◆ 学生の広場
◆ 学院報
財団法人日中友好会館
日中学院
〒112-0004 東京都文京区後楽1-5-3
TEL:03-3814-3591 / FAX:03-3814-3590
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