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![]() 開講式 学院の説明と記念撮影 |
![]() 餃子会 皮から本格的に作ります。 |
![]() 朗読大会 勉強の成果を発揮して下さい。 |
![]() 留学生との交流会 相互学習からゲームまで |
![]() 合宿 3クラス合同、早稲田奉仕園にて |
![]() 修了式 中国語劇で締めくくり、次の課程に進みましょう。 |
○たまたま旅先でみた中国ドラマのワンシーン。美貌の女優さんが、誰かの耳元で何かをささやいている。シュワシュワとシャボンがはじけるような美しい響き。折りしも時代は中国ブーム。この言葉を理解したい、仕事に活かしたい、と願っていた矢先に、勤務先から中国語の語学研修を認められた。うれしくて舞い上がった。そして迷わず日中学院の夜間別科の申し込みをした。初級から上級まで継続したカリキュラムがあること、会社が終わったあとに通えることが決め手だった。期待通りの授業だったが、現実は甘くない。時間が不規則な仕事のため、タクシーに飛び乗っても週3回の夜の授業は「皆勤賞」ならぬ「ほぼ皆遅刻賞」。それでも、続けられるのは、学校が社会人の事情を理解し、快く受け入れてくれているからだろう。気後れしながらあける扉のむこうに、元気よく響くみんなの声。入学当初、「ちゃんと来られるのか?」と心配された私もおかげさまでもうすぐ日中学院で2度目の春を迎えようとしている。
○私は約2年間、日中学院の夜間のクラスに通っていた。週3コースのB班からのスタートだった。仕事をしながら週3回通うだけでも大変なはずなのに、授業の後はおでん屋に寄り、また、授業の無い日に集まって復習会もした。家族や恋人よりも顔を合わせている時間が多かったのでは…。D班くらいからは宿題も増え、みんな会社の昼休みや、通勤電車でやったりと、頑張っていた。B班のときに先生の紹介により、後楽寮の留学生との交流が始まった。また、C班の時は先生の紹介で、入学ホヤホヤの日本語科の留学生とも相互学習をした。あの頃は中国語を話すのが嬉しくて仕方がないという感じでした。その後、私は知り合えた中国人留学生の勧めで北京で1年留学をし、今は北京で仕事を始め奮闘中。中国語によって自分の世界が広がっていく面白さを実感している。
○私は昨年4月から日中学院で勉強している。D班の学生で仕事の後通っている。合宿、朗読大会などの行事は、最初は戸惑ったが同学と仲良くなる良い機会になった。私はC班の時、朗読会に挑戦した。中国人の先生に録音して頂いたお手本をひたすら聴き、毎回授業の後に練習もした。当日。中国人のアナウンサーというゲストまでいらしているではないか! 緊張、予想以上の緊張。でも、聴いていた中国人講師から『非常好!』(素晴らしい!)と言ってもらえた。発音も声調も難しいからこそ、相手にわかってもらえた時の喜びはとても大きかった。働きながら週3回通うのは正直大変。でも、中国と日本の文化の違いや、ビックリするような慣習、もちろん文法や表現の一歩踏み込んだ考察など、『あっ、もう終わり?』と短く感じる程興味深い授業なので、学校にくる時どんなに疲れていて面倒でも、帰りはいつもニコニコ帰っている。まだまだ言いたい事を伝えられない事が多いが、勉強して中国語で、中国人と笑いながら話せるようになりたい。
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その後建設会社に就職し、工事現場を主体に名古屋で20数年過ごした後、3年前に飯田橋の本社に転勤になった。ある日、小石川の後楽園で会合があり、その途中に日中学院があることを知った。高校時代の気持ちが蘇り、中国語を勉強することにした。公開講座に参加し、学校の事務所で「学漢語T」を購入、3ヶ月間独学で勉強した。そしてC班から編入したが、あとで大きな間違いを犯したことに気づいた。語学は会話が重要であり、教科書を読めるだけではダメだということを。しかし、途中からA班に戻るのも独学の3ヶ月間が無駄になる気がして現在のF班まできてしまった。自分自身いまだに声調や発音がA班から始めた同級生に比べておかしいと思う。私のように初めて中国語を習う人は、是非私のような失敗はしないで、発音の基礎をしっかりと学んで欲しいと思う。